平成29年の確定申告を終えて思うこと~記帳義務化と時代遅れの所得税制~

平成29年の所得税の確定申告が3月15日に、個人の消費税の確定申告が4月2日に終了しました。私も、いろいろな事業者(最近はフリーランスというカタカナ言葉で言うそうです。)の方の相談や申告書作成に携わりましたが、改めて思うのが「記帳の義務化」が平成26年1月からすべての白色申告者に対して始まり、また、その「帳簿等保存の義務化」が始まっているにも関わらずまだまだ十分に認識されていないとことです。

税理士に依頼される方は、何とかこの制度をクリアできたとしてもそれなりの費用がかかります。税理士に依頼される方でもその基になる基礎資料(請求書等)を完璧に保存されている方が少数派ではないかと思います。税理士と依頼者の「あれはないか、これはないかとの攻防」が始まります。税理士も領収書等の整理に時間がかかる先ほど請求する費用が相対的に低いので正直、あまりやりたくない仕事なのです。

それが、税理士等に依頼されない小零細事業者が本当にきるのでしょうか?私は、それを厳密にするのはかなり難しいと思っています。無料の確定申告会場でも未だにそれができていない方がすごく多いというのが実感です。特に高齢者の方や、朝早く市場で仕入れて夜遅くまでそれを販売される八百屋さんや魚屋さんなどは、仕事だけで体力も気力も使い切っていて「記帳どころではない。」という忙しい「生業」の方が、意外に多いのではないでしょうか。

この「記帳義務化」と「帳簿保存義務の義務化」の背景には、消費税の平成31年10月1日スタートすることとなっている税率引き上げ(現行の8%から10%)と日本の消費税では初めてとなる軽減税率(食料品等と新聞の購読料金が8%に据え置かれる)の適用を意識したものだと推認されます。そこで、その制度を4つの観点から、もう一度検証してみましょう。

1.申告納税制度と記帳と帳簿保存の義務化、青色申告と白色申告の違い

現在の日本での所得税の申告納税制度は、納税者が自ら税法に従って所得金額と税額を正しく計算し申告と納税をするというかたちを採用しています。1年間の所得金額を正確に計算し申告するためには、毎日の収入金額や必要経費に関する取引の状況の記帳と、取引の際に作成したり受け取ったりした書類等の保存を行う必要があります。確かにそれは原則ですが、それがきっとできないので「青色申告」の適用申請ができないのです。

では、青色申告者と白色申告者でどのような違いがあったのでしょうか。青色申告を選択した事業者は、「生計を一」にする親族に給料を支給できたり、青色申告特別控除(最高65万円)が所得から控除できたり、30万円未満の少額な資産の場合は最高年間300万円までは必要経費にできるなどの「特典」があります。この制度を採り入れたのは、「記帳制度」を推進したいという国税当局の思惑があったのでしょうが、そもそも他の国では、このような「差別的な制度」を設けている国はないと税制の文献等にも記述されています。

日弁連も2017年11月14日の意見書で「家族従業員としての労働を正当に評価し、家族授業員に対する支給給料についても、他人を雇用した場合と同様、経費に算入することを原則とし、支払われた賃金については、家族従業員本人の労働の対価と明確に位置づけられるよう、専従者給料制度の見直しを図るべきだ。」とその改正を求めています。つまり、「白色申告制度」は時代遅れの「家族主義」を前提にした時代感覚とマッチしていない立法措置だと言えます。

今まで、「青色申告者」の場合はその特典を享受するために、一定の要件を備えた帳簿書類の備え付け、記録、保存が定められていたのに対して、「白色申告者」の場合は、一定の人(前々年分あるいは前年分の事業所得、不動産所得又は山林所得の合計額が300万円を超える方)に対してだけ、記帳制度や記録保存制度が設けられていました。

しかし、平成26年1月からは、これらの所得を生ずべき業務を行うすべての方についても、同様に記帳と帳簿書類の保存が必要になりました。因みに、所得税の申告の必要がない方も含みます。

2.白色申告者への記帳、帳簿保存の義務化はすでにスタートしています。

上記でご説明したとおり、平成25年までは個人の白色申告者については、記帳、帳簿などの保管が義務付けられている対象者は限定されていました。しかし、この税法改正により、記帳・帳簿等保存義務が、平成26年1月からは、すべての白色申告者にこの“記帳・帳簿等の保管”が義務付けられるようになりました。つまり、すべての個人事業者の方が平成26年分から記帳をしなければいけないということです。この制度を知らない方も多いのではないかと思います。

消費税法では、前々年の課税売上高が1,000万円を超えると消費税の納税義務が発生します。小規模・零細業者でも業種(例えば粗利が低い卸売業の事業者など)により、課税売上高が1,000万円超えるケースもあるでしょうし、将来の「インボイス制度」が導入されれば、課税売上高が1,000万円いかない方でも自らが課税業者を選択しなければ「商売」の存続ができなくなる可能性があります。その場合、「簡易課税制度選択」を選択していない限り、請求書等(等とは領収書などを含みます)と帳簿との二つ(記載事項はほとんど同じです。)のものを揃えなければなりません。改訂以前は請求書等と帳簿とのいずれかがあれば良かったのですが、今はなぜか両方とも必要な改訂がありました。その「理由」は不明ですが、この前受講したセミナーの講師は、国税庁の親しい官僚に聞けば「税務署員が税務調査をやりやすいから。」と言っていたそうです。

3.記帳、帳簿保存とは何をすればいいのか。

今までは記帳・帳簿等の保管の義務がなかった方も、すべての事業者の方が行わなければならなくなり、いったい何からはじめればいいのかと不安に思われている方も多いでしょう。しかし、前述したようにこの制度を知らない方が大変多いことを実感しています。

そこで改めてその仕組みを解説します。

①記帳とは。

記帳とは、売上などの総収入金額と仕入その他必要経費に関する事項を記録として残すことをいいます。記帳に当たっては、一つ一つの取引ごとではなく、日々の合計金額のみをまとめて記載するなど、簡易な方法で記載してもよいことになっています。また、記帳は所得金額が正確に計算できるように、整然とかつ明瞭にする必要があります。

②帳簿等保存とは。

帳簿等保存とは、売上の帳簿、請求書、経費の領収書など、事業の取引に関連した帳簿を一定期間保管しておくことです。帳簿や書類を、基本的には5年間の長きにわたり納税者の住所地や事業所などの所在地に、整理をし、保存しなければいけません。

※株式会社エフアンドエム Tax House記帳代行サービス 白色申告者の義務化とはより引用

4.本当にすべての事業者にこの記帳等の制度ができるのでしょうか

AI技術で税理士事務所の8割が存在しなくなると言われています。今でも「クラウド・コンピューター」が普及して、どんどん進化しています。確かにそういう流れがあることは否めません。それはそれで、今後の税理士や税理士事務所の「生き残り作戦」は必要です。

しかし、前述したようなことを小・零細企業に一律に求めることができるのかは、極めて懐疑的です。デジタル・ディバイド(情報格差)という言葉があります。「情報通信技術(ICT)を利用できる人とできない人との格差」を意味していますが、高齢の方や障がいを持っておられる方が、PCを駆使できるかどうか疑問ですし、ましてや現場を知らないキャリア官僚が机上で作成した「記帳等の義務化」を浸透させることなどとても困難なことではないかと思います。

また、前述した「家族授業員に対する支給給料についても、他人を雇用した場合と同様、必要経費に算入することを原則とすること」をなぜ法案化しないのかが納得できません。これでは、記帳等の義務化とのアンバランスが是正されません。所得税や消費税など問題ある税体系を根本的に改めるべきだと痛感しています。私は、この国の税体系が「強きを助け、弱きを挫く」ものだと思えて仕方がありません。