月別: 2017年8月

平和を身近から考える

8月9日は私の誕生日ですが、同時に長崎原爆記念日でもあります。前回のブログに掲載いたしましたが、還暦の誕生日に日本100名山の最後の一座である蔵王山を家族で達成するという記念日を、台風5号の影響で断念しました。 ということからこの日は、長女が住んでいる娘婿の会社の社宅で、甲子園の熱戦を観ていました。

画面が長崎の平和記念式典に切り替わり、田上長崎市長が平和宣言をしていました。 長女曰く、田上長崎市長は毎年素晴らしいスピーチをするというので真剣に聞いていました。朝日新聞デジタル版は、『長崎市長、平和宣言で政府批判「姿勢理解できない」』、『日本政府に対しては、唯一の被爆国として核保有国と非保有国の「橋渡し役を果たす」としながら、核兵器禁止条約交渉に参加すらしなかった姿勢を厳しく批判。「条約への一日も早い参加」を求めた。憲法の平和の理念と非核三原則の「厳守と世界への発信」も政府に求めた。』とし、一方、『安倍晋三首相は、一般論は述べるものの、具体策には言及しなかった。』と報道していました。

そして、原爆投下時間の11時2分になったら、長女の呼びかけに合わせて、娘婿、もうすぐ4歳の長男、そして7月10日に誕生した二男を抱いて黙祷したのです。もちろん、私たち夫婦もそれに合わせて黙祷しました。 後で長女から聞くと、広島の平和式典でも、終戦記念日でも一家で平和を祈り黙祷しているとのこと。かなりの驚きと良い妻、母になったものだとその成長ぶりに父親としての喜びを感じざるを得ませんでした。

私は、家族に何故長崎に原爆が投下されたかの逸話を話しました。広島型のウラン爆弾より性能が高いプルトニウム爆弾の比較検証がしたかったこと、当初は小倉に投下する予定だったのが、天候不順で見通しが悪く、しかしどこかに落とさないと帰りのB52の燃料が足りないという理由で長崎への投下が決まったこと、皮肉にもクリスチャンが多い長崎市の郊外の浦上地区だったという話をしたら驚いていました。

この3日間、安倍晋三首相はどんな思いで色んなスピーチを聴いていたのでしょうか?果たして不戦の誓いをしていたのでしょうか?それとも憲法9条三項の政治日程と戦略へ思いを巡らしていたのでしょうか?少なくとも不戦の誓いはしていないと私は感じます。それは、靖国神社に玉串を奉納したからです。

安倍晋三首相は、首相が尊敬しているA級戦犯でもある岸信介元首相ができなかった野望を実現すべく、ひたすら前を向いて突き進みたいのだろうと思います。

頑張って予定コースを歩ききった二女!

8月11日から3泊4日で、北アルプスでは、表銀座縦走コースと言われているところに縦走をしました。 因みに、「表銀座縦走コース(おもてぎんざじゅうそうコース)とは、北アルプス山麓の中房温泉を起点とし、合戦尾根を登り、常念山脈を大天井岳まで縦走し、東鎌尾根の喜作新道を経て槍ヶ岳へ至る登山コースの名称である(Wikipediaより)」と言われています。

今回は、日程の都合と二女が北アルプス初挑戦と言うことを考慮して、大天井岳から常念岳に迂回し一ノ沢まで降りるルートにしました。

初日は、中房温泉までの移動日でした。中房温泉は、秘湯を守る会に登録をされていて、首都圏在住の人がスタンプラリーで楽しんでおられます。山口の近くでは、熊本県の黒川温泉が登録されていますが、その多くが、東北や信州方面で、首都圏以外の人がスタンプラリーに参加するのは、なかなか困難です。 中房温泉は、松本から出ている大糸線の穂高から1日5便のバスしかありませんが、マイカーの利用者がかなりあります。 さすが秘湯だけあって、その風呂場の多さと源泉掛け流しです。私は、5ヶ所の風呂場に浸かりました。本館には、登山客、新しい別館には湯治客というふうに別れていて、食事内容も料金もそれぞれ違います。 朝6時半からの食事には、夕飯を共にした登山客の2/3は、食事を弁当にしたのか、自分で持参したのか、人もほとんどいなくて寂しく感じました。

私たちは、 燕岳(つばくろだけ、日本200名山、2763㍍)に昇るため、午前7時半に登山口を出発しましたが、いきなりの急坂で10分もしないうちに、我慢強い二女も限界だったのでしょうか、場所をはばからず、もう登れないと涙を流して私に訴えてきました。その後、二女の荷物のほとんどを私が持つとそれまで泣いていた二女は生き返った魚のごとく快調に歩き始めました。反対に、最近余り重いザックを持ったことのなかった私は、二女には言えませんでしたが、息も絶え絶えでした。おまけに雨にも降られてカッパを着るのに余計に時間がかかりました。

燕岳の頂上稜線にある山小屋の燕山壮(えんざんそう)に泊まるという団体さんや中房温泉で同室になった私と同じ世代の京都から来たというご夫婦にも随分と励まされ、何とか日本200名山の燕岳の頂上を極めました。この頃になると二女の歩きも軽快になっていました。

3時間少しかかってしまいましたが、ほとんど休憩もとらずゆっくりですが、歩を進めました。途中で梯子や少し歩きにくいところもスムーズに歩けましたが、この日に泊まる大天壮(だいてんそう)までの400㍍は岩場でかつ、急坂で喘ぎながらやっとの思いで、山小屋に着きました。

二女にとっては初めての山小屋体験でしたが、夕飯が、魚料理と肉料理を選択できて、余り得意ではない肉料理を回避できたので喜んでいました。大天壮は、宿泊客が少なく四人の布団を二人で使えたので大満足でした。 翌朝の食事は、4時15分からと5時15分の2回に分けるような仕組みだということで、今後の行程を考えて早い方を選択しました。早朝は天気に恵まれ、雲海の上に日が昇る情景に二女もご満悦、さらに槍ヶ岳も綺麗に見えました。

食事終了後直ぐに、大天井岳(おてんしょうだけ、日本200名山、2922㍍)に往復15分で、山頂まで行って来ました。 5時50分に山小屋を出発、3時間10分かかり9時に常念小屋に着きました。二女もここまでは順調でした。 ところが、足元が岩場でしかも急坂の常念岳(じょうねんだけ、日本100名山、2857㍍)の往復で、脚にきたようです。

昼食を済ませ、下山口の一ノ沢まで2時間の予定が、3時間15分かかりました。後からの登山客にドンドン抜かされましたが、休憩もせずに、二女のペースでゆっくり着実に下山したため、怪我もせず無事到着しました。 運が良いのか、日頃は予約をしていないと携帯電話が通じない所だったのですが、たまたま予約なしのタクシーが停まっていました。運転手さんいわく、こんなラッキーは10回に1回位だそうです。松本行きの大糸線にもギリギリ乗れました。慌てていたので、キップの取り忘れのトラブルもありましたが、何とか松本にたどり着きました。 翌日になったら、二女は昨日のしんどさも忘れ、山は素晴らしいと、何度も言い出しました。ただし、重たいザックを背負わないならの条件付きですが⁉

コピー代は一枚1,000円ならOK

法人を設立して10年目で、やっと税務署のお出ましとなりました。この会社は、とても特殊な技能をもっているため、世界中から引き合いが来たりすることもあり、うなぎ登りで成長を続け、今では売上高も利益も納税もびっくりするくらいです。この会社の強みは社長の交渉力、いわゆるネゴシエーションのうまさにあります。たとえば私どもとの顧問料についても、大変厳しく値切ってきます。しかし、社長の饒舌にいつの間にか社長のペースに巻き込まれます。ただ、値切るのではなく、売上や利益が目標に達したら提示された顧問料を払うと宣言し、毎年宣言された目標通りになるので、ありがたいことに毎年顧問料金を上げてくれます。私どもの事務所が、利益が上がるノウハウや節税戦略をアドバイスします。 完全に、経理が自前でできているので、月一回訪問のときは、ほとんどが雑談めいたことばかりです。しかし、その社長は、その雑談から世界の動きや他の業界の動向、自分の会社の戦略会計の肝を、節税のノウハウを通してやんわり聞いてきます。だから、訪問する前には、新しい世間の動きを調べて訪問するので、すごく勉強になります。しかも、訪問時には、もろにそんなことを聞かずに、ユーモアを交えての雑談から自分のペースで話を進めて行きます。

会社が急成長していたので3年目の決算・申告が終わった頃から税務調査のことは、当然意識していましたが、待てど暮らせど税務署の事前通知は来ません。そして、納税額が4,000万円を超えた10年目に税務署のお出ましとなりました。

いよいよ税務調査の当日になり、社長は、何時ものようにマイペースに二人の税務署員に話をします。税務署員も社長のペースに引き込まれて行きます。いつもは、税務調査の中で調査理由の開示を正面からしても、納税者の主張と税務署の主張のガチンコ勝負でお互い譲りません。ときにはそれだけで、半日を費やすことも多々あります。最後は、当方から、売り上げと仕入れとの関係、人件費、交際費で考えたらいいですね、と妥協案を出しますが税務署のほうは、他に調べたいことが出てきたらそれも調べさせてもらいますからとのやり取りになります。

ところが、社長は雑談の中で、調査理由の開示を聞いてしまいました。大したものです。 臨場調査は3日間でしたが、どの証憑書類を見てもおかしなものは出てきません。というよりは、一枚一枚の解説に社長の話が、税務署のへの皮肉やそんなところで働かないで、うちで働かないかとほとんどのジョークの世界に税務調査は、一向に進みません。ついに約束した3日間があっという間に過ぎて終いました。

困り果てた税務署の職員は、最終日にコピー機を持参して、社長にコピーを求めてきました。社長は、「コピーをするのは構わないけど、一枚1,000円だ」と言い放ちました。これには、私も税務署員も唖然としました。 その理由も、説得力が在りました。一枚一枚の書類が、わが社の経理課や人事課、営業課の汗と涙で作成した、わが社のノウハウなのに、10円でコピーされては、社長として部下に説明がつかないし、税理士事務所のノウハウも10円とは合点が行かない。 税務署員は、何の抵抗もすることなくコピー要求を取り下げました。

この税務調査の結末は、読者の想像にお任せしますが、あれから10年、業況は右肩上がりなのに税務調査の兆候は何もありません。 一枚1,000円と言うことが、とっさにでることは、この社長のキャラクターそのものであり、こんな発想が瞬時に浮かんだ応用力に対して敬意を払いました。

なぜ、佐川国税庁新長官が就任会見をしないのか?

7月5日の人事異動で、理財局長から国税庁長官に就任しました。 理財局長から職員五万人を擁する次官級のポストである国税庁長官に就任したことは、4回連続であるし不思議ではない人事であるとも言えなくもないですが問題の本質は、

【佐川氏は、財務省理財局長であった今年2~6月、森友問題で連日、国会答弁に立ち、国有地が、8億円安く売却された経緯に関する野党の追求に対し、「規則にのっとって適正な処分をした」などと主張。一方で、交渉過程で何が起きたかについては「(交渉記録は)破棄した。残っていない」「(担当者の)記憶に残っていない」「政治家は関与していない」と繰り返すだけで、事実関係の説明を拒んできた。

国民の疑問が解消されない中、佐川氏は理財局長から次官級の国税庁長官に昇格。理財局長からの昇格は四人連続だが、国民からは安倍晋三首相を守ったことへの「論功行賞」といった批判が上がり、国税庁にも苦情が寄せられている。今後、就任会見を開けば、記者から森友問題に質問が集中する可能性が高い。

本紙などが加盟する国税庁記者クラブは、佐川長官が5日に着任して以降、できるだけ早く就任会見をするように同庁に求めてきた。同庁広報は取材に「諸般の事情で調整が長引いている。開かない可能性もある」としている。

広報によると、長官の就任会見は慣例で、着任して二~三週間後に開かれてきた。記録の確認できる2000年代以降、すべての長官が行ってきたという。会見では、今後の抱負に加え、趣味や座右の銘などを記者が質問してきた。

ある国税庁職員は「佐川長官になり、税務調査がやりにくくなった。長官が書類の廃棄を認めているので、調査対象者から『自分たちが書類を廃棄しても構わないだろう』というような嫌みを言われる。現場にも影響が出ている」と、困った表情で語った。】

※東京新聞引用

国民を欺き、有るものを無いと言い、黒を白と言い逃れてまで安倍晋三首相を守り抜かねばならなかったキャリア官僚の隠蔽体質と、憲法にも定められている公務員は国民全体の奉仕者であるという役割が完全に欠落していることではないでしょうか。

佐川長官が長官であるかぎり、彼の部下である税務職員は、納税者から非難や皮肉を言われ続けられるでしょう。また、納税者は、この際、強い者には弱く、弱い者には強いと言われている「課税庁」に、今こそ「もの申す」ことができる賢い納税者に変身しないといけないと思います。

悪いのは、トップであって末端の税務職員ではありません。賢い納税者と手をとり、佐川長官に森友問題の真相を語らせ、白黒をはっきりつけさせ、消えた8億円問題を藪入りさせない行動を両者が手を携えてするチャンスだと思います。 そして、納税者性悪説に立つ税務行政を変革し、納税者性善説へと切り替えて行く好機にして、納税者権利憲章を作ることと国民のための国税庁に改革することを強く願います。

台風には勝てませんでした‼

8月9日、初めての還暦(笑)を迎えました‼

と同時に悲願の日本100名山の達成をするはずでしたが、のろまの台風5号に3年前からの計画を無残にも粉砕されてしまいました。

所詮、人間たるもの、自然現象に勝てるはずもありません‼

日本100名山の最後の山は、ロープウェーを使えば、50分で登れる山形県の蔵王山でした。

妻、就職先がドイツで今日のために無理をして帰国してくれた次女、義理の息子、あと3ヶ月で4歳になる初孫の総勢6人で山頂でのランチを計画して、長女は、2人目の子どもを7月10日に出産したばかりで居残りという計画でした。

リーチを掛けた99座目の黒部五郎岳は2泊3日で山頂を極めましたが、3日とも雨で試練の山行でした。

また、海の日の三連休を利用した98座目の北海道トムラウシ山は、付近が猛暑日の暑さに加え、朝3時起きで、前日も仕事の関係で睡眠不足もあって、下山1時間位前に左側の太ももがつってしまって、往生しました。結局、12時間を費やしてしまいました。同行してくれた山仲間にかなりの迷惑をかけてしまいました。

今年になってのこの2座は、山を楽しむというよりは、さながら修行僧の心境でした。

 

そしていよいよ100名山達成という時に、3年前から温めていた計画が後回しになってしまいました‼

蔵王山は、二人目の孫のお宮参りの時に順延です。おそらく、9月中に達成できると思います。その時は、妻と二人でささやかに御祝いをすることになると思います。

100名山達成後の次なる登山の目標はありませんが、天候に恵まれず、ただ山頂にだけ昇った山や白馬岳の大雪渓やロープウェー等でショートカットした山に改めて登りたいと思います。

私と次女は、8月10日から2泊で北アルプスの初心者コースと言われている表銀座に登ります。次女は山小屋に泊まるのは初心者なので、楽しみと不安が交錯しているようです。

今月の15日で三十路になるので、彼女が将来ドイツで結婚して骨を埋めるのか、日本に帰って来るのかもゆっくり話してみるつもりです‼

 

ブログ第一弾は、山登りの話しをしましたが、次回からは、私の税務調査の過去の事例や経営環境の変化、経営者が知っておきたい経営指標等々順次お伝えします。

 

「ねこチャンネル」ブログ開設にあたって

いつまでも若いと思っていたのにいつの間にか8月9日をもって還暦になります。

私の年初の目標は

①還暦の日に、日本100名山で最後に残っている蔵王山の頂上にいる

②とりあえず英会話を始める

③剣道3段を取得する

という3つを立てました。

そんなおり、所内のスタッフから「ブログ」に挑戦しないかという「神の声」がかかり、還暦の日から公式ブログ「ねこチャンネル」を開設することになりました。

「ブログ」は私の苦手分野ですが、年初の目標の進捗状況も詳しくみなさまにお伝えする予定です。

また同時に、長らく発行してきた「事務所ニュース」を廃刊にして、敢えて苦難の途を切り開くことを決意した次第です。

皆様におかれては、どんな傑作?になるか乞うご期待と言った心境です。