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えっ、母が65万円の補聴器を買った!!~補聴器に見る日欧の違い~

私の母親は故郷の山口を離れて、私の妹が住んでいる広島市で介護付き高齢者住宅で生活をしています。1930年(昭和5年)生まれなので誕生日が来ると90歳になります。

その母が最近補聴器を買い換えたと妹から聞きました。金額を聞いてビックリ!なんと65万円したらしいのです。補聴器は消費税が非課税なのですが、その金額を聞いて驚きました。

5年前にも約30万円の補聴器を購入していました。加齢によることもあると思いますが、何度も調整をしてもらっても気に入らないらしく日頃はつけていないらしいです。

当初、無償で永年調整ができるという触れ込みだったのですが、購入したお店の一方的な都合により調整の無償化がなくなったそうです。

母は長らく公務員をしていた関係で、年金も比較的多くもらっていますが、国民年金だけで日々の暮らしがやっとの方にこの金額の補聴器の購入は、難しいのではないでしょうか。

最近のチラシに入っていた「ジャパネットたかた」のオムロンの補聴器39,800円の購入さえ難しいでしょう。両耳でこの値段かと思いきや虫眼鏡でしかわからないような小さな文字で「両耳装着の場合は2台必要です。」と書いてあります。2台だと79,600円です。それなりに大きな金額になります。分割12回までOKと書かれていても送料を入れると毎月約6,700円の出費になります。最近、高齢者の生活保護世帯が増えてきていますが、そのような境遇の方には絶望的な金額です。

それにしても、母が購入した補聴器は、オムロンのそれより約8倍します。確かに性能の差やメンテナンスの違いもあるのでしょうが、齢90歳の母には少々お高い買い物です。

そこで、日本と欧州の補聴器事情を調べて見ました。まず、補聴器の購入の助成ですが、イギリス、ノルウェー、デンマークは公的補助100%です。ドイツ、スイス、イタリア、フランスは現在のところ一部の補助金ですが21年までに「完全補助」をめざしています。

また、ほとんどの先進国が、補聴器販売のために資格が必要ですが、日本にはその規制がありません。つまり、補聴器に対する技能者がなくても販売ができるのです。また、欧米では、国家資格・公的資格を持つ補聴器技能者と医師が連携して補聴器を調整するシステムがあります。

日本補聴器工業会の調査によると、購入補聴器は10万円から20万円がほぼ半数を占め、20万円以上を含めると7割強にもなります。それをほとんど100%自己負担というのは高齢者にとってはかなり重い負担となります。

さらに、同工業会の調査によると補聴器の全体的満足度は、1位のフランスで84%、以下、スイス81%、ベルギー、ポーランドが80%、イタリアが79%など多くの先進国は70%を超えています。ところが、わが国の満足度は39%しかありません。つまり、私の母のように満足していない人が6割を超えているのです。

補聴器がないと高齢者の楽しみのひとつである井戸端会話の場に入れずに、結果として認知症の発症原因になり、その機能が衰えるスピードが速くなる高くなると考えられます。

あらためて自己紹介をします。「ねこチャン」はこんな人物です。

ある仲の良い税理士から講演の依頼を受けました。その質問について要約して、あらためての私の自己紹介をします。

■ご両親のどんなところに影響を受けて事業をしているのか?

・約10年前に他界した父は塩田地主のお坊ちゃま育ちの「自由人」を地で行った人でした。亡き父からは、「自分のやりたいことを好きして良いんだ。」ということを学びました。無口で、愛情表現が上手くなかったことは「反面教師」としています。

・齢90歳となる母は、その当時の花形的な職業であった「電話交換手」をやっていました。その当時はあまり行かなかった女学校も出ているせいもあるのか、今もなかなかの聡明・博学です。母からは「知性」が必要なことを学びました。すごく「わがまま」な部分を持っていますが、それは「反面教師」としています。

■なぜ、お金に執着しないのか?

・本当は断捨離をしなければ行けない歳なのに、不必要なものを購入しては妻にあきれられることもしばしばです。

・幸いにも、個人としては借入金がないので当座の暮らしには困っていません。しかし、豪邸(自宅は、敷地60坪、延床面積40坪の持ち家なので都会から見たら豪邸かもしれません。)に住みたいとか、ベンツのような高級車(今はトヨタのSAIという車に乗っています。新車価格は500万円弱だったと思いますが、既に20万キロ以上の走行距離です。)に乗りたいとの思いはまるでありません。

■税理士は経営者か職人か?

・良い質問ですね。まずは、マイスター(職人)以上に近い言葉としては、「税金の弁護士」でなければいけないと思います。とはいえ、自分の税理士としての理念を実現するためには、理念に共感してくれる人との組織プレーが必要です。組織を束ねようと思えば、否が応でも「経営者」としての側面も大事だろうと思います。要は、そのバランスです。

■先生の考える会計事務所像とは

・地域に根ざし、「お困り事の解決センター」としての位置づけが必要だと思います。自然発生的に弁護士、司法書士、社労士等とのネットワークができました。確かに「口コミ」で困難事案を解決できる事務所として、地域では評判です。紹介者からの事案の紹介が多いのはありがたいことです。ただ、関与先の量とスタッフの質がまだアンバランスなのが課題です。

・単に記帳や決算・申告などではなく、関与先や相談者と一緒に「喜び」も、「苦しみ」も、「悲しみ」も共有できるまでの信頼関係が必要だろうと思いますが、それを構築することが、なかなかできないのが現実です。

■事務所スタッフの勉強会などについて

・スタッフが行きたい外部研修には行ってもらっています。反対に行ってもらったら役立つだろう研修の紹介もしています。研修会に参加すれば交通費と日当も支給しています。その代わりに、研修レポートもA4一枚にまとめて提出する義務があります。

・年に2回、3つの事務所が集まって全体会議をしますが、外部講師による主に理念の勉強会が多いです。毎月の事務所毎の研修も繁忙期以外は90分くらい時間を取って内部講師でやっています。それが、スタッフの質の向上につながっていると思います。

■先生の趣味は

・登山です。2017年(還暦の歳)に日本100名山を制覇しました。100座目は山形県の蔵王山でした。思い出深いのは、98座目の北海道のトムラウシ山(最後1時間のところで足がつってしばらく歩けませんでした)と99座目の黒部五郎岳(単独で行って危うく遭難しそうになりました。富山県山岳救助隊にはスタンバイだけはしてもらっていたようで、事情聴取を受けました)です。家にも連絡が入り、授乳中の長女のおっぱいが止まるという迷惑をかけました。今年に入ってからは、足のかかとのけがとコロナの影響でまだ一度も登山靴を履いていません。登山には随分と時間、体力、お金を費やしました。しかし、ここのところ明らかにモチベーションは下がっています。

・もうひとつの趣味は、アコースティックギターです。最近は、ビートルズの「ヘイ・ジュード」エルビス・プレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」CCRの「雨を見たかい」などの英語の曲の練習をしています。同い年の講師の先生に週1回特訓を受けていますが、なかなか上手くはなりません。以前は、今は亡き、加藤和彦さんの曲などの弾き語りをしていました。最高時、5本のギターを持っていましたが、置く場所がないので現在2本しかありません。そのうちの一本は世界的に有名なギターメーカーのもので、かなり良い値段で購入しましたが弾きにくいので、お蔵入りしそうです。

・趣味とは言えませんが、今一番隙間時間をさいているのは「英会話」です。現在は中学校3年生ぐらいのレベルですが、休日だと10時間以上勉強をする日もあります。毎日手帳に勉強時間と内容を書き込んでいますが,なかなか上達はしません。週に一度、これまた、同い年の外国人の先生(大学の非常勤講師)に90分のレッスンを妻と2人で受けています。専業主婦の妻との良きコミュニケーション・ツールになっています。

・始めたばかりですが、週に1回ストレス解消のためボクシングで体を鍛えています。それと同じく週に1回、剣道の練習に行っています。現在2段ですが3段取得が目標です。

・これも趣味とは言えないのがダイエットです。若い頃から体重が増えたり減ったり(最高時84㎏、最少時63㎏)しています。もともと大食漢でしかも太りやすい体質なのかあっという間に還暦を過ぎてしばらく72㎏をキープしていた体重が、今年の元旦には、78㎏(BMIは、身長が172㎝なので65㎏が理想です。)まで体重が増加しました。着られる服も限られました。そこで年頭に体重を10㎏落とす目標を立てました。今回のダイエットの方法としては夜の食事の量を減らすことと、妻と二人で夕方約40分のアップダウンの激しいコースでのウオーキングをすることでした。夜の食事は野菜ジュースと豆乳を中心とした流動食にしました。ウオーキングは、妻とのコミュニケーションを図るのにとても有効です。体重が落ち始めるのに2ヶ月かかりましたが、その後はみるみるうちに落ちていき、ついに5月上旬70㎏になり、中旬には目標の68㎏になり、夕食も固形物にしましたが70㎏をキープしています。82センチのズボンが楽々はけるようになりました。毎朝体重計に乗り、毎食の食事内容と食事時間を記載しています。涙ぐましい努力を継続するのに快感を抱くようにまでなりました。

驚きです、回文は英語にもあるんです!

私は、還暦の日に日本100名山を全て踏破するという目標を立てました。そして最後の100座目には家族で登れるようにと、割と簡単な山形県の蔵王山でした。標高は1841㍍で、リフトも付いているし、良い温泉もあるのでそこで祝賀会をやろうと思い2017年8月9日がきました。しかし、あいにくの台風の到来で断念、結局2ヶ月遅れでしたが見事達成をしました。

新たな目標は、英会話の習得に果敢にチャレンジしようと思い、約40年ぶりに英語の勉強を始めました。教材は主にNHKのラジオ基礎講座で中学校1年生の夏休み号から開始しました。受験英語はまったく忘却の彼方、中1のテキストにも「あたふた」でした。

島国ニッポンで住んでいる私には英語に触れる機会まるではありません。たまにTVなどのCMや業界用語で「横文字」を見聞きしても、「意味」もわからず使っていました。

勉強をしてまずびっくりしたのは、もちろん文法も発音もそうですが、単語の意味する奇想天外な面白さでした。英語で「意味する」は「mean」です。この単語は動詞ですが、形容詞になると「意地悪な」とか「口語」では「とても良い」「すごい」あるいは「平均の」になります。さらに名詞になると「中間」「中庸」となります。多分習ったのでしょうが、自ら辞書を引くと新たな発見があります。

「働く」という単語は動詞では、「work」ですが、名詞には「作品」という意味があります。そして、「a hard worker」は「働き者」だけでなく「勉強家」「努力家」という意味もあるのです。奥深いですね。私もa hard workerになりたいと、毎日教材と辞書にラインマーカーを入れていますが、覚えては忘れの連続です。

さて、もうひとつ発見したのは、「回文」です。上から読んでも、下から読んでも同じように読めることばや文章のことです。

調べてみるとこの回文は、日本語だけでなく、世界のさまざまな言語に見られ、すでに1世紀中ごろにはラテン語による回文が成立していたそうです。

最もポピュラーなのが「新聞紙」(しんぶんし)、ちょっとひねったものが「烏賊食べたかい」(いかたべたかい)ですかね。少しひねると、「世の中ね、顔かお金かなのよ」(よのなかねかおかおかねなのよ)なんかになります。

これの「回文」が英語のも出てくるのは驚きました。2019年10月号の基礎英語3には「Too bad, I hid a boot!」(残念、ブーツの片方は隠しちゃったぞ!)同じく12月号には「No lemon, no melon」(メロンなくして、メロンなし)2020年3月号には「Borrow or rob?」(借りようか、それともうばっちゃおうか?)」というフレーズが載っていました。

税法やその周辺知識を身につけるが最近とても苦痛です。しかし、新しい分野の英語を勉強することはとても新鮮です。そして、なかなか手強いのも私の好奇心を駆り立てます。

いつかもっと時間のゆとりができたら、妻と一緒にツアー旅行ではなく、海外旅行に行きたいと思っています。妻も乗り気で、妻は週2回、私は週1回外国人の先生のところにレッスンに通っている今日この頃です。

山口のソウルフーズがANAの機内誌へ掲載~「瓦そば」と「ばりそば」がフィーバーするの?~

ANAグループの機内誌「翼の大国」を何となく眺めていたら、「山口・ヌードル紀行」で川棚温泉(下関市)発祥の「瓦そば」と山口市発祥の「ばりそば」が特集されていた。

この機内誌は持ち帰り自由なのですが、一応CA(キャビンア・テンダント)の方に持ち帰る旨を伝えたところ「真っさら」のものをいただきました。

その特集は、「瓦そば」については6ページ建て、「ばりそば」については4ページ建てで特集されていました。文章も写真も流石にプロだと言われるほどのできでした。

「瓦そば」については、「元祖瓦そばたかせ」で取材をしていました。そのサブタイトルからしてスゴイ!『瓦の上に「驚き」が重なる』これだけで注目をひきます。さすがプロのライター?そしていよいよ本文に入ります。

『「瓦そば」は、山口県下関市西部の山間に位置するひなびた温泉地・川棚温泉に咲いた大輪の花のような麺料理だ。黒々した原寸大の(要するに本物の)瓦の上には緑の茶そば。その上に錦糸卵、さらに牛肉、小ねぎ、海苔が載っていて、そのまた上にはレモンの輪切りともみじおろしが鎮座している。どこかの国の国旗かと思うくらい、鮮やかで決定的にバランスよいカラーコーディネートだ。~中略~さて、いただきます。むむっ、瓦の上で油で焼かれた茶そばが香ばしい。それを具材と一緒にとって、かつおと昆布のつゆにつけて食べると……~』近すぎて遠い「元祖瓦そばたかせ」には、2度行ったきりです。近々3度目の挑戦ということにしましょうか。

文才のない小生にとってこのライターの文章はあこがれです。いつかは、こんな文章を書きたいと思いますが、文章表現の上手さは「読書量」に比例すると言われていますが、最近は仕事だけでなく他の趣味などでやることが多すぎて、読書からかなり遠ざかっています。過日、皇后・美智子さまが「読みたい」とおっしゃった探偵小説が話題になっていますが、近い将来私も以前のように推理小説などを存分に読みたいと思っています。余談になりますが、私の夜の楽しみであるテレビ朝日系の「報道ステーション」に最近登場することになった竹内由恵アナウンサー(元ミス慶応でアナウンサーデビューしてからの大ファンです)が、昔、むさぼるように読んでいた経済小説家清水一行先生のお孫さんだと最近知り驚きました。

ところで山口県、特に下関市はさまざまな観光資源に恵まれ、しかも安倍首相のお膝元にも関わらず、人口の減少に歯止めがかかりません。「地方創生」が大きな課題の一つと首相も主張されています。海外に出張されて日本製品の売り込みにはご熱心ですが、足元の下関を「地方創生」のモデルケースとなるように腐心されてはどうかと念じております。もしかして、「観光資源」がありすぎてハングリー精神が希薄になっているのではないかと危惧しています。

山口市の『春来軒』の「ばりそば」の方はA4二枚を使って実物大の写真が「ドカッ」と掲載されています。私も趣味の一つの山登りで写真は撮りますが、重たいので一眼レフではなくミラーレスのカメラです。構図のセンスはさておき、シャッタースピード、露出、逆光処理などもすべて「オート」にしています。

中学生のころ勉強はそっちのけで、九州や山陰などにSLの追っかけをしていた頃は、一眼レフのかなり相当高級なカメラ(もちろんアナログで、もっぱらモノクロで撮影をしていました。)を今は亡き父にせがんで買ってもらいました。中学校の暗室を使って自分で現像もしていましたので、それなりの写真に対する知識もありました。しかし、最近はあまりのカメラ本体の性能の良さにすがって「撮りたいモード」だけ選択しておけば、風景だけでなく朝焼け、野草や花などそれなりの写真が撮れます。この半世紀でカメラの進化はアナログからデジタルになったことも含めてスゴイものがあります。

さて、商業写真といいながら、プロの写真家の腕と発想力はスゴイ!です。「もち屋は、もち屋」という言い方をしますが、実物大(1.5人前)の「ばりそば」をど迫力でよくぞそんな大胆な写真を撮ったものだとつくづく関心をしました。

「ばりそば」も何軒もありますが、それぞれの店で微妙に味が違います。とりあえず、高速道路のサービスエリアにある店を除いて全部食べてみましたが、個人的には山口市大内と言うところにある店の味がお気に入りです。ただ、自宅から「あまりにも近くて遠い」小郡店には2回しか行っていません。歩いて10分以内、車なら3分程度で行ける店にもっと顔を出さないと行けないとこの記事を読んで思いました。

世の中、「ソウルフーズ」だとか「B級グルメ」とかという言葉が流行っていますが、「うどん県」と県名を代えようか物議を醸した「讃岐うどん」と行ったら香川県と言うふうに、日本国中、誰でも知っているようなメジャーなものとして「瓦そば」や「ばりそば」を育てていかないと行けないと思っています。

山口県人は「おしとやか」な風土があるのかもしれませんが、「明治維新の立役者」で日本を現在のように先進国した心意気を再び持つことが問われていると思います。

今年、最初で最後の北アルプス~あこがれの雲ノ平縦走~

2017年10月14日、台風の影響で3度目の挑戦で日本100名山の最後の山「蔵王山1841㍍」に登ってから、登山に対するモチベーションが下がったのか、その後、里山も含めて明らかに登山の回数が減りました。

年初に立てた目標は、登った日本100名山で「雨などで景色を満喫できなかったところ」に行くことでした。ハイシーズンの7月~9月にかけて、計画していた「白馬の大雪渓」への挑戦(一昨年登ったときは10月上旬で大雪渓は通行止めでした)は、約束していた同行者が腰を痛めて諦めました。また、以前の登ったときは雨でまったく眺望を見ることができなかった「蓼科山」「霧ヶ峰」「美ヶ原」も台風の影響でキャンセルしました。

「雲ノ平」と言えば北アルプスの最深部にあり、眺めるたびにいつかは行ってみたいけど「日本100名山」をめざす人は、そちらが優先になります。私もいつかはとあこがれていた山です。

当初の計画では、税理士仲間4人(男女それぞれ2名)でしたが、1週間前に一人がお子様にアクシデントがありリタイア、前日には本人が風邪と下痢のためリタイア、結局私と私の「日本100名山」達成するために大変尽力をしてもらった、私よりちょっとだけお姉さんで山登りにかけては知識も技術も体力も凌駕されている女性税理士(以下師匠と呼びます)と2人での山行となりました。

以前は「晴れ男」と言われていましたが、最近は「雨男」とか「嵐を呼ぶ男」とか言われているのが今回の山行でも現実になりました。「週間天気予報」通り前日から雨模様で、師匠もご主人(師匠の話では、今でも岩登りや沢登りなどを休みのたびに楽しみ、そのための体力を付けるために毎日の通勤は徒歩で1時間半かけるという山登りの神様のような方だそうです)から「今回は天気も相当悪いし、やめた方が良いんじゃない」と言われたそうですが、師匠は私が既に前泊して富山にいましたので、朝一番の新幹線で富山に駆けつけてくれました。

一方、私は師匠と落ち合う前日の9月2日午後3時前の新幹線で新大阪まで行き、特急サンダーバードに乗り換えて金沢へ、その後高速バスで富山に入りました。富山駅前のホテルには夜の8時半過ぎに到着し、ゆっくり体を休めました。

翌日21日の朝10時前に富山駅で師匠と待ち合わせた頃は曇り空でしたが、電車からバスを乗り継いだ頃から、天気予報がズバリ的中して雨模様になりました。折立の登山口では雨具を完全装備して、12時過ぎから歩き出しました。テレビで見たことのある有名な山岳ガイドが団体客を引き連れわれわれの後からついてきました。辺り一面はすっかりガス模様で、われわれが休憩する度に団体さんが追いついてきて、それを機にわれわれが再び歩くと言うことを3回繰り返し、16時半に山小屋1泊目の太郎平小屋(何度も泊まっている馴染みの山小屋)に着きました。

雨の予報と既に登山のハイシーズンの終わりかけの頃なので余り登山客が多くなく、4人部屋に2人という快適な場所を確保できました。因みにハイシーズンの頃の北アルプスの山小屋では、1枚の布団に2人が寝ることも珍しくはありません。そんな時は、山では何泊も着替えをしないことは珍しくなく、その汗の臭い、疲れからくると思われるいびきなどで神経質な人は一睡もできないという人もいます。

また、この日の夜中は、風雨がひどく次の日の天気を気にしながら、師匠と山登りのための体力増強法やストレッチの方法などもしましたが、いつの間にかいつものように税理士業界やそれぞれの事務所の運営や業務上の悩みなどの情報交換が会話のほとんどを占めました。もちろん、歩行中でも急登や危険な場所以外での会話も同じような仕事の情報交換の会話に終始しました。師匠は、その荒れた天気のせいかもしれませんでしたが、あまりよく寝られなかったそうです。

二日目も朝からかなりの雨模様でしたが、ゆっくりとしかし確実に師匠の後についてひたすら歩を進めました。特に薬師沢小屋からの登りが大変でした。急なはしご、雨のため滝の裏を渡るかのような吊り橋、そして岩ごろごろの急坂、しかも登山道は沢のように水が流れジャブジャブの状態がかなりの時間続きました。それでも11時頃に急坂を登り終え、雲ノ平の端っこに飛び出したときには雨も嘘のように止み、ピーカンの青空になりました。

私のすぐ後をついてきた山ガールと会話が弾みました。薬師岳や黒部五郎岳の山容が堂々たる顔を見せましたが、彼女はハイスペックの一眼レフをザックに入れていて「良い写真が撮れそうです」と大はしゃぎでした。

雲ノ平山荘に着くまでは心の弾む木道歩きでした。13時に雲ノ平小屋に到着しましたが、ここで大きなトラブル発生しました。日頃は余り使っていなかったザックカバー(リュックザックに入れてある衣類などの中身に雨水が浸透しないようにザック全体を覆う防水カバー)のバックル(留め具)が破損しており、そのためにザックの中がかなり湿ってしまいました。

中に入れていた手帳や財布まで湿っていました。ザックに収納していたすべての中身を天日干ししました。お天道様の力はたいしたものでザックの中身だけではなく、ぬれていた登山靴やソックス、カッパなどはすぐ乾きました。しかし手帳だけ手の施しようもなく下山後ドライヤーで1ページごとに乾かしました。

登山者からからかわれたのは、財布の中のお札を乾かしていたことでした。山小屋ではクレジットカードが使えないので、福沢諭吉や野口英世を何枚も乾かしていたら、「見張り番をしようか」と何人にも声をかけられました。

下山後で、その破損の原因を見つけてもらおうとその製品のメーカーであるモンベルに現品を送付しましたが、自分では比較的新しいものだと思っていたら、10年以上前に購入していた製品であり、ずっと使わずにパックの中にカバーを押し込んでいたので、経年劣化が激しくなったのが破損の原因だと担当者から詳しいメールをもらいました。

それは、カッパやスパッツ(足首と靴との間に砂や小石が入るのを防止する覆い)も同じで、その担当者のアドバイスでは、使用しないときはパック中に入れない方が経年劣化の進行が遅くなるとのことでした。そのアドバイスを受けて、パックに入れていたものはすべて出して、衣類ケースに収納することにしました。

さて、雲ノ平山荘は、2010年に新築されたとても綺麗な山小屋で収容人員は70人の小屋でした。夕食は、山小屋で初めて体験した「石狩鍋」のごちそうでした。19時から小屋主の話がとても面白く、この小屋ができた経緯や苦労話を聞いて山小屋が果たすべき役割と国立公園なのに僅かな補助金(僅か10億円だそうです)で登山道の整備も委ねている政府の予算の使い方を変えるべきだと思いました。イージス・アショアに使う予算(6000億円が必要だと報道されています)を使わなければ、北アルプスのなど国立公園などの整備をきちっとでき、外国人登山客も増え、国も結果として潤うのではないでしょうか。

三日目からは、昨日までがウソのような快晴となりました。まさに「天空の楽園」と言われる雲ノ平を出発しました。標高2,500㍍位から3,000㍍の光景は今まで何度も通った北アルプスでも最高の景色でした。北アルプスの象徴である槍ヶ岳をずっと眺めながらの尾根歩きはこれまでで味わったことのない最高のものでした。

今まで幾度か泊まったことのある三俣山荘、双六小屋を経て、宿泊予定の鏡平小屋に着きました。実は、この小屋には初めて泊まりましたが、鏡平には、池塘(「ちとう」と読み、高層湿原に点在する小池と言う意味です)が点在し、その一番広い鏡池には、木製のテラスがあり、東正面に見える槍ヶ岳の絶好の展望台となっています。そこで、山小屋で購入した本格的なコーヒーをすすりながら、その雄大な景色に圧倒されました。

「逆さ富士」は有名ですが、ここでは「逆さ槍」が眺められます。雄大な槍・穂高連峰は、長く眺めても飽きません。この山小屋での夕食は4時半からでした。それは、夕映えで赤く染まる穂高連峰が現れたときは一斉に宿泊者が食事の手を止めて、外に出てしまうから、早い時間に食事を提供することになっているそうです。この日は、その風景は残念ながら見られませんでしたが、「逆さ槍」は何とかカメラに納めることができました。

最終日は、緩やかな下りをゆっくりおりました。おそらく軽四で運んだ思われる一個100円の冷え冷えのトマトを食し大満足でした。下山予定地の新穂高温泉には10時に着きました。そこで久しぶりに風呂に入り、前泊を含め4泊の山旅を振り返りました。バスの時間が、オフシーズンなので便が少なく、その待ち時間に手打ちそばに舌鼓を打ちました。

新穂高温泉からのバスは、ほとんど登山客でいっぱいでした。平湯温泉でまた1時間の待ち時間がありました。平湯温泉は、岐阜県高山市にある乗鞍や上高地の中継地で、大きなバスターミナルになっています。そこで、NHKの朝の連続TVドラマ「半分、青い。」で有名になった五平餅を食しました。「あと5個で完売ですよ」と言う焼き手の青年の声についつい買ってしまいました。青年曰く、「最近はすっかり有名になっていつも完売ですよ」と思わず笑みを漏らしていました。

松本行きのバスに乗れない人が続出してすぐに次の臨時便が出ましたが、われわれはザックを乗り場においてゆっくりしていましたので、先頭から二組目で幸いにも良い席に乗ることができました。しかし、三連休の最後の日の午後と言うこともあって松本行きの道路は渋滞していました。

松本駅で「特急あずさ」に乗り帰路につく予定でしたが、この列車は松本駅始発ではなく白馬駅始発だったので、松本駅では「既に自由席は、ほぼいっぱいです。30分後に臨時便を出しますので自由席の方はそちらの電車もご利用ください」という放送が流れました。その放送が流れても列から離れる人は少なく長蛇の列でした。なるべく早く帰りたかったのでこのあずさに乗りましたが、まさかと思いきや本当に自由席が満席状態でした。デッキでずっと立ちっぱなしかと諦めていましたがさすがは、師匠、次の塩尻駅でおりそうな人をリサーチしていました。僅か10分で座ることができました。

うらやましいと思ったのは、首都圏に住んでいる人は日和を見ながらアルプスなどに行けるのと、日帰りでかなりの日本100名山が登れると言うことです。反対に、人がやたらと多く電車は座れないのが当たり前、週末のラッシュ時の高速道路は30㌔くらいの大渋滞は当たり前の世界です。

中国地方にある日本100名山は、鳥取県の大山だけですが、山口から大山の登山口までは車で約6時間はかかります。東京からだと、飛行機で米子空港まで僅か1時間でいけます。やはり、東京一極集中は登山の世界でもあるのですね。「地方創生」という課題をどうするかも考えた山旅でした。

あなたは健康管理をしていますか?~健康に関する語呂合わせ~

私の世代より少し上の「団塊の世代」の人なら絶対に忘れはしない楽曲でフォークシンガーの草分けの一人「高石ともや」さんの大ヒットソングで「受験生ブルース」があります。

その歌詞の一説に「一夜一夜のひとみごろ」がありますが、それは√2(1.41421356)の語呂合わせです。また「富士山麓オームなく」同じく√5(2.2360679)の語呂合わせです。この語呂合わせで、受験生の悲哀を「高石ともや」風に愉快に歌っていました。

早熟だった私は中・高校生のころ「勉強するのに必要だから」と母親にソニーのラジオで当時の最ヒット商品「スカイセンサー5800(累計100万台以上も販売されていたという最新式)」をせびり、とうとう2万円以上もするラジオを買ってもらいました。ところが、深夜放送の「受験講座」ではなく「オールナイト日本」をひたすら聴いていて「高石ともや」さんの存在とこの楽曲を知りました。

その私も、綾小路きみまろ風に言えば「あれから何年?」ついに「ラジオ深夜便」を聴くような世代になりました。

私はいくつかの持病があり「調剤薬局」に先日行ってきました。そこでもらった薬袋の中には「Life5月号」という小冊子が入っており、【保存版】減塩生活の「さ・し・す・せ・そ」と書いてありました。

語呂合わせで表現されたものでその意味は、

さ……砂糖も一緒に減らそう

し……塩(ナトリウム)の表示に気を付けて

す……酢・香辛料・香味野菜で味にアクセント

せ……醤油もソースも使い方次第

そ……味噌汁は具だくさんで

となっていました。なるほど語呂合わせで覚えることによって「物忘れのひどい世代」でも分かるように工夫されています。因みに、国が推奨する1日の塩分摂取量は、健康な男性で8.0㌘未満、女性で7.0㌘未満であるのに対して、実際の塩分摂取量は、男性10.8㌘、女性9.2㌘と過剰摂取になっており、それが高血圧、脳卒中、胃がんのリスクを高めると書いてありました。

他にもネットで検索すると「語呂合わせ食事法・健康法」がいろいろありました。二つほど紹介すると一つは奥薗壽子さんという有名な料理研究家が「奥薗流・まごわやさしい健康料理」という書籍などに載っているものです。その語呂合わせは、

ま……豆(納豆、小豆、黒豆、グリーンピース油揚げなど)

ご……ごま(ごま、クルミ、栗、ぎんなん、松の実など)

わ……わかめ(わかめ、ひじき、のり、昆布、もづくなど)

や……野菜(緑黄色野菜、淡色野菜、根菜など)

さ……魚(鯵、鰯、アサリ、鯖、鮭、マグロ、エビ、かき、タコ、シジミなど)

し……椎茸(マイタケ、エノキ、なめこなど)

い……芋(サツマイモ、ジャガイモ、こんにゃくなど)

確かに体に良さそうで、ダイエット効果もありそうなものです。

もう一つの語呂合わせは、おさかなすきやね(お魚好きやね)「血液さらさら防止法」というサイトに載っていましたので紹介します。

お……お茶

さ……魚

か……海藻

な……納豆

す……酢

き……キノコ

や……野菜

ね……ネギ・玉ネギ

いずれの「健康食材」もほぼ共通しています。要するに、日頃から暴飲・暴食にならないよう心がけ、減塩食になるような調理の工夫をし、体に良さそうなものを意識して食べれば、慢性疾患や肥満の予防にもつながるというわけです。皆さんもこの際、思い切って自分の食生活を見直してみませんか。個人的には、それと併せて昔から言う「腹八分目」を意識することも大切な事だと思います。

私と剣道~私が還暦を過ぎて剣道三段に挑戦する訳~

私は、還暦を迎えるまでに「日本100名山」を達成する目標を立てました。昨年の還暦までには達成できませんでしたが、最後の1座目(山形県蔵王山)を台風の影響で3回目のチャレンジで昨年10月14日に見事に目標を達成しました。

還暦が過ぎたら趣味をもう少し多彩にするためと、悔いを残していたことに再挑戦すること、それが剣道三段の取得でした。

その悔いというのは、当時、高校で一緒に入部していた剣道部の同級生が高校三年生の時に三段を取得し、私だけが三段を取得できなかったことです。

実は私は、高校二年生のときの学業の成績が余りにも悪いので、剣道部の顧問の先生(定年退職前でしたが、八段というもの凄い腕前で練習でもまったく歯が立ちませんでした。)が、私のことを「忖度」してか、三年に進級する直前に私をわざわざ教員室に呼んで「剣道部の推薦枠で大学に入れてやるから進路のことは心配するな。」と話をしてくれました。その指定校をみせてもらうと、剣道の強豪校で、仮にそこに進学するとおそらく、練習にもついていけないし、退部することもできないし、仮に無事卒業できても就職先も限られてしまうと直感的に「これはまずい。」と思いました。

なぜまずいと思ったのか、それは私が、剣道部の中でピカイチ強いわけでもなく、団体戦(先方、次鋒、中堅、副将、大将の5人で構成されます。)の選抜に入るか入らないのかのいわば「準レギュラー」だったからです。

そこで考えたのは、顧問の先生に、「必死で勉強してそれなり?の大学に入るので退部させてください。」とお願いすることでした。

先生に、私の思いを聞いてくれるよう懇願し、なんとか退部を許していただきました。しかし本当の理由は、私には剣道部の才能はないばかりか、練習もかなりしんどく、いつかの時点で退部したいとずっと考えていたのです。

退部後、遅れていた進学の勉強は適当にやっていました。ところが、私が退部する許可をもらった際に先生が「その代わり、必死で勉強して希望する大学に入れよ。それが条件だ。」と言っていたとおり、私の学内の模擬試験をずっとチェックしていたのです。それを知ってから私は心を入れ替え「必死」で猛勉強しました。

その甲斐あって、他の部員が三段を取り夏休みをもって退部した時点では、二年生の模擬試験ではビリから2番だった成績が、みんなもびっくりする前から2番になっていました。その当時の母校は、模擬試験の成績を掲示板に貼りだしていました。しかしそれで安心をしたのか、その後は「再び元の勉強しない生来の怠惰な自分」になっていました。

最終的には、母校では「そこそこ」と言われる大学には合格はしましたが、その大学が東京の「とある大学」だったので、私の日頃の素行を一番知っている両親は「某地方大学」の入学しか認めてくれませんでした。

現在、祝祭日ではない月曜日の夜7時半から少年剣士といっしょに、準備運動、竹刀の素振り約500回、タイヤを使った練習などを30分強ほど行っていますが、そこでほぼ体が動かなくなります。気合いを入れ直し、水分を補給したのち面を付けます。

大人の剣士(参加者は余り多くなく皆さん五段以上と聞きました。)は、その後に登場し、面打ちや切り返しなどをしますが、夜9時前にはぶっ倒れそうになり、途中で稽古をやめてしまう始末です。持参するスポーツドリンクが一本ではとても足りません。

指導者に聞くと、すべての時間練習をこなせる体力と気力ができれば「三段」も近いとのことです。ほとんど毎朝300回の素振りをしてから出勤していますが、まだまだその日は近くないと感じています。還暦から43年ぶりに再会した剣道ですが、意地でも「三段」に挑戦をする覚悟でいます。

アレックス小倉さんの恋愛学講座を聞いて~恋愛にも、男と女の違いにも則性がある~

小学校・中学校の同級生でもあり、顧問先さんでもある方から、あるセミナーに参加してもらいたいとお願いされました。そのセミナーの様子をまとめてみました。

驚いたことが、ワインを飲みながら講演をされるということと、その中身が私の堅い仕事?とは無縁の「恋愛や男女間の思考の違い」でした。

講師のアレックス小倉さんのプロフィールをHPから簡単に抜粋して紹介します。昭和35年5月19日生まれ。出身地: 岡山県倉敷市。

娯楽の少なかった昭和40年代に幼少期をすごし、小学時代は父親に時折連れていかれた映画館が唯一の楽しみだった。中でも「シェーン」「駅馬車」「007シリーズ」等洋画のアクション映画に心をときめかした。中学一年生の時にたまたま当選した映画の試写会「ジャッカルの日」に感銘をうけ、それ以来狂ったように映画を見始める。

高校時代に映写技師のバイトを始め、様々な映画館に顔パスで入れるようになり、高校2年の時「一年間で映画363本を映画館で見る」という偉業を達成。さらには、高校3年の夏に処女監督作8mm映画「七月の風」を撮り、高校の文化祭で上映。見るよりつくる映画の楽しさを知り、日大芸術学部映画学科監督コースに進学(船越英一郎と同級生とのこと)。自主映画製作に没頭。製作資金の為に数々のバイトを経験し、最終的に一番収入の多かった銀座のクラブでのボーイに落ち着く。~映画を作るために東京に出て来たのにこのまま水商売の人生でいいのか?」と映画界への復帰を望んでいた時、「香港での新規立ち上げ店の責任者として3年働けば、帰国後は映画製作会社に入社を確約」という幸運な話が舞い込み即決。27歳で高級カラオケクラブと大型ディスコの責任者として香港に渡り、バブル全盛期に夢のような海外生活を経験する。

30歳で帰国後、映像制作会社で、映画・Vシネマを数々製作。愛と性をテーマに数多くの作品に脚本/監督/プロデューサーとして関わる。Vシネマの作品作りの参考にと始めた「恋愛心理学」「動物行動学」「生物学」「脳科学」等の勉強に没頭し、自らの幾多の恋愛経験と照らしあわせ、独自の『恋愛学』(「愛主体の相対性異論」「ピタリ5デスの定理」「フレーミングの両手の法則」等)を確立。2007年より全国で『恋愛セミナー』を開始。2008年秋に『新恋愛セミナー』として、再始動。2009年9月で全国30都市以上、累計100回の恋愛セミナーを達成。また企業研修も開始。2009年10月より内容を一新した「恋愛学講座」を実施。2012年末で累計300回達成。

現在は「恋愛学講座」の全国行脚と共に「2032年に高校教育に授業科目として『恋愛学』を!」というビジョンのもと、その前哨戦として「ラブセービング協会」を設立し、全国に「ラブセーバー」を育成する活動にも尽力を注いでいる。

カウンセラー資格:
・日本メンタルヘルス協会:研究コース東京20期・心理カウンセラー

主な企業講演&研修講演:
・愛知中小企業家同友会知多青年同友会
・ライフパーク倉敷(倉敷市教育委員会主催講演会)
・山口県商工会議所青年部連合会「第26回会員大会徳山大会」記念講演
・山口県柳井商工会議所
・キリンビール株式会社など

アレックスの著書

『「一生に一度の本当の恋」を叶える9つのカギ』
アレックス小倉[著]
(学研パブリッシング/定価1300円)
全国の書店にて、好評発売中!

「愛主体(あいしゅたい)の相対性理論」

その講演の要約を図や算式にして紹介をします。共感できる部分がたくさんありました。もし講演の依頼や恋愛相談があれば、カウンセリングもやっておられるようなので、「アレックス小倉」とネットで検索すればホームページがあります。

男も女も
恋も愛も
喜びも悲しみも
 
相対的である

E=mc²

Energy = E = emotion
エネルギー       感情

Mass = M = manner
質量       態度・ふるまい

Celeritas = C = character
光の速度        性格・人格

 

男脳・女脳の差異

・DNA(XX、XY)
・ホルモン(テストステトン、コスロケン)
・脳りょうの太さの差異

左脳 右脳
・論理的思考
・言語認識
・推論・分析
・計算
・空間認識
・イメージ
・発想・創造
・芸術
考える力 感じる力
理性(理論) 感性(直感)
男は左脳か右脳かどちらかしか働かせない

 

ミラー法則

+があれば△がある
北があれば南がある
縦があれば横がある
 
相対性がセットになっている

甘いものを知っているから、辛いものがわかる

 

男脳のキーワード

  1. シングル(集中)
  2. 論理的
  3. 問題解決思考
  4. プライド優先
  5. 鈍感
  6. 競争力
  7. 公平な愛が理想(母性愛を学んでいる)
女脳のキーワード

  1. マルチ(分散)
  2. 感情的
  3. 共鳴共感志向
  4. 安心優先
  5. 敏感
  6. 共生心
  7. 無条件の愛が理想(母性がある)

 

男脳 女脳
会話 意見交換 感情交流
論理優先 気持優先
結論重視 プロセス重視
アドバイスしない ただ聞いてほしい
誉めてほしい わかって(認識)ほしい
自慢話 気晴らし会話
断定表現でも曖昧 曖昧な表現で断定的
直球、察せられない 変化
正否の謝罪 ゴメン 仲直りの挨拶
励まし求める 悩み 慰めを求める
社会全体 話題 私生活
何も言われなくても
わかりあえる関係 理想
どんなことでも
何でも語る関係
行動 1つの事しかできない 同時に何でもできる
1点集中主義 分散型
現状維持行動 変化嗜好行動
同じ店、決まったメニュー
気に入ったものがあったらそればかり
たとえ気に入ったものがあっても
色々試してチャレンジしたい
丼ぶりもの好き バイキング好き
直線的視野 広角的視野
ブチッとキレる ギャーギャーわめく
「考え」の受容を求める 「感情」の共感を求める
失敗した時の「挫折感」が強い 共感が保たれない「拒絶感」が恐い
1人でゆっくり考えたい 2人で話し合いながら考えたい
恋愛 1人で幸せを感じにくい 1人で幸せを感じられる
尊敬・賞賛・感謝されたい 大事に大切に守ってほしい
自分の相手にした行為への
評価が愛を感じる
相手を自分にどれほどにしてくれた
ことの量で愛を感じる
頼まれればひと肌脱いで助けよう 自ら進んで世話をやきたい
50%より0%でいたい 質 100%注ぎたい 量
肉体への欲求→精神への欲求 精神への欲求→肉体への欲求
視覚的喜び興奮 精神的喜びで興奮

私の体型の遍歴~頑張りすぎずに頑張り何より継続させることが一番です~

私は、結婚したころから体重に大きな変動があります。それも相当の回数です。そのたびに、スーツなどの衣料品の購入費用の支出はかなり多くなりました。身長が173cmの私のこれまでの最高体重が84キロ、最高に絞った時が63キロでした。

一時、ジムに週のうち3回程度通い、1時間エアロバイクをこぎながら読書をしていました。ところが、人間ドックで前立腺がんの疑いを調べるPSAという検査結果に異常がでて泌尿器科の先生の指示で、エアロバイクをやめることになりました。その結果、検査数値は下がりましたが、絞った体重は、再び右肩上がりになりました。

その翌年の秋口には、何が原因かわかりませんが2日間で体重が8キロ増加し、体中がパンパンに腫れるという摩訶不思議な異変が私の体に起きました。かかりつけの先生の所に行ったら、即、日赤病院にいって診断をしてもらうような指示が出ました。その日は税務調査があることになっていましたが、そんなことは言っていられません。皮膚科、血管外科、内科と3つの診療科目を回り、血液検査にCTまでする羽目になりましたが、病名はわからずじまいでした。80キロを超えた体重も、結局4週間の抗生剤と抗菌剤の投与と、症状が橋本病という甲状腺の分泌が少なくなる病気に似ていたので、その分泌をよくする薬を約3月間続けました。その結果、正月の時点では75キロまで体重が落ちました。

しかし、その後は一向に減りません。特に、体脂肪率が25%超というまさにメタボという状態でした。ジムのトレーナーからのアドバイスで、食事・運動の仕方を改めて見つめ直すとともに、確定申告が終了する日に70キロを切るという目標を手帳に書き込みました。不思議なもので10日早く3月5日に69.9キロになりました。やはり、仕事においてもそうですが目標を掲げることは大事であると実感しました。その後も多少の紆余曲折がありましたが、大きなリバウンドはありません。野菜中心の食生活とお昼は愛妻弁当のおかげで、体重は71キロ(BMIという指数でいうと66キロが理想らしいのですが)、体脂肪率も23%まで落ち、体年齢は53歳と実年齢の60歳より7歳若くなりました。

「継続は力なり」という言葉がありますが、毎朝、高機能体重計に乗り、手帳にも毎日の体重や睡眠時間、食事の量と内容・食事時間を書くことをやり続けることが功を奏したのでしょう。お陰様で、2017年10月14日、「還暦までに日本100名山を制覇する」という目標が達成できる体作りができたのだろうと思います。

今は、高校2年生で途中退部した剣道(あと少しで3段というときに辞めてしまいました。この件は、また報告します。)をやり始めました。これも無理をせず継続していきたいと考えております。

商売の極意は「始末」「才覚」「算用」~「わろてんか」を観てなるほどと思った教え~

私の気分転換の1つがNHKの朝ドラを見ることです。もちろん朝8時から始まるのでDVDに毎日録画しています。忙しいときは、1週間まとめて見るときもあります。

今年前半の有村架純主演の『ひよっこ』はドラマの流れも、主題歌の桑田佳祐作の「若い広場」も、ものすごくテンポが良く視聴率の尻上がりでした。

その後を受け、10月から始まったのが『わろてんか』です。この物語は、吉本興業の創業者・吉本せいがモデルとなった実話です。明治後期の大阪を舞台に、「笑って生きる」ことこそが自分の人生の希望だと信じるヒロイン・藤岡てん(葵わかな)が、夫の藤吉(松坂桃李)とともに、笑いを商売にするために奮闘する姿を描くストーリーとなっています。

藤吉は、米問屋の跡継ぎになる設定でしたが、物語が進むと米問屋もなくなる羽目になりますが……

その米や問屋の家訓について藤吉の母親役・啄子(鈴木京香)が語るシーンに共感しました。

かの米問屋の額に書かれてある「船場の商人」の教えについて、鈴木京香が松坂桃李に語るシーンです。

その教えとは「始末」「才覚」「算用」です。

「始末」とは、節約のことではない。ムダな出費をするのではなく、必要なときに生き金を思いっきり使うということだす。

「才覚」は、どこに商いの商機があるか見極め、誰もやらないことをやること、あんたの「団子」や「カレー」だす。この「団子」や「カレー」はドラマを観てない人にはわからないかもしれませんが……

「算用」とは金勘定をすることではのうて、帳尻を合わせることや。損して得取れいうこと。

「始末」と「ケチ」は違う。これがホンマの「始末」の極意だす。

こんな件があります。今でも、通用するカタカナ用語の「マーケティング」に通じるものではないでしょうか。