その費用は国民の税金から~中曽根康弘元首相の葬儀費用について思うこと~

東京新聞9月30日の報道では中曽根康弘元首相の葬儀費用のことを以下のように報じています。一部を抜粋して紹介をします。

『故中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬の経費として政府は約9,600万円を支出する。故人を悼むのは当然としても、新型コロナ対応で財政が逼迫する中、1億円近い税金の支出は妥当なのか。

昨年11月に亡くなった中曽根氏の内閣・自民党合同葬は10月17日、都内のホテルで行われ、菅義偉首相が葬儀委員長を務める。当初は今年3月に予定されていたが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、延期されていた。

「国葬令」が廃止された戦後、首相経験者の葬儀形式には明確な基準がなく吉田茂氏(1967年)は内閣主催の「国葬儀」、佐藤栄作氏(75年)は内閣・自民党と国民有志の共催で「国民葬」が行われた。

内閣・自民党合同葬が行われるようになったのは大平正芳氏(80年)からで、以後、岸信介、福田赳夫、小渕恵三、鈴木善幸、橋本龍太郎、宮沢喜一の各氏が合同葬の形式で行われてきた。

費用は内閣と自民党の折半で、近年では、橋本氏(2006年)の合同葬に7,700万円、宮沢氏(07年)には7,696万円が政府から支出されている。

中曽根氏の場合、約2,000万円が上積みされた形で、加藤勝信官房長官は記者会見で「延期前に比べて少し増加しているが、葬儀は簡素にしつつ、コロナ対策に万全を期す必要がある。そういう観点から積み上げられた必要最小限の経費」と説明している。

ただ、中曽根氏の合同葬には一般参列は想定されておらず、内外からの弔問も極めて限られる。

新型コロナ対策に万全を期すというが、コロナ禍で国民が苦しい生活を強いられ、国の財政も厳しさを増す中、1億円近い支出が妥当か、合同葬の規模や在り方を含めて検討の余地はなかったのか。

「前例主義を打ち破る」と菅首相は言っていたが、合同葬は先例などを総合的に勘案したという。期待外れの印象は否めない。』

葬儀にかかる予算総額は約1.9億円です。それを主催する内閣と自民党が折半する形で捻出します。内閣府の負担は一般予算の予備費から支出するものなので、純然たる税金です。さらに自民党の負担も、その原資の大部分は政党交付金なので、これも広い意味では国民の血税となります。

東京新聞も報じているように、コロナ禍で財政が逼迫するなかの支出は、国民的な合意が得られているのか極めて疑問です。

内閣府によれば、首相経験者でも必ず合同葬の対象になるわけではなく、生前の功績などを総合的に考慮して決まるそうですが、納税者の血税を投ずるのであれば、その税はともかく、明確な基準や説明があって然るべきでしょう。

さらに、国民一人当たり250円、総額300億円を超える政党交付金は、支持もしていない政党へ渡されています。

他国と比較しても、ドイツは日本の約2分の1の174億2,300万円(上限として政党収入の半分をこえてはならない)、フランスは日本の約3分の1の98億円、イギリスは、日本の110分の1の2億9,200円、アメリカ、イタリアではこの制度はありません。しかも使途が制限されていません。額も内容も世界でも異常な「バラマキ」と言われています。

この制度についても、「政治とお金」の問題として本当にこの制度が良いのかどうか改めて考えて見るべきではないのでしょうか。